御手洗はこちらです。

便所みたいなもんですね。

剣の証明者

 

「すまないな、魔術や魔法など無いのじゃよ。そんなものは」

老いた男の嗄れた声は、嫌に耳の裏に残る。

「そんな馬鹿な事を言うな!今すぐその首を国に持ち帰るぞ!」

激昂する俺を、慈しむように、憐れむように、濁ったその眼で見て居る老人は、俺の長き旅の目的そのもの。

「良かろう、老い先短いこの身じゃ。この首で皆の心の安寧を得る事が出来るのなら、いくらでも持っていくといい」

「どう言う事だ、説明しろ!貴様の仕業では無いと言うのなら、国に蔓延る病は一体なんだ、作物を枯らせる呪いは一体なんだと言うのだ!」

俺はあらん限りの叫びを尽くした。
聖剣をこの手で抜いたあの日から、憎き魔王の首を国に持ち帰る、その日だけを信じて生き、旅を続けたのだ。
それがどうだ、このざまは。
俺が思い描いた魔王の姿形とはあまりにもかけ離れている。
国に残したおじぃの方が余程肉付きがいいだろう。

「全ては、皆の心の安寧を得る為に生贄となったのだ」

「どう言う意味だ!」

「英雄を欲した民の夢、お前さんはそれそのものじゃ。押し付けたのじゃよ、かの王はお前さんにな」

「王を侮辱したな、貴様。その首切り落とすまでにその五体、満足に残って居るものと思うなよ」

「それも良かろう、わしはお前さんのその怒りの全てを、受け入れよう。儂にはその義務がある、可哀想な英雄よ」

「そんな目で……そんな目で俺を見るな!」

まるでか弱い愛玩動物を撫でる好好爺だった。
何もわからない。
穀物は枯れ果て、人々は病に伏せ、既に壊滅に近い我が国の王は、全て人の命を軽んじる魔王の悪しき魔術により我々民は弄ばれたのだと言った。
そして、聖剣を抜きし者に討伐の命を下すと。
そう力強く語る王の姿を今もよく思い出せる。
それを聞いた俺は我先にとその剣に走ったのだ、誰よりも早く。
だから俺は今ここに、魔王と呼ばれた者の前に立って居る。
それなのに、何だこれは。

「何かおかしいとは、思わなかったかね」

「何かおかしい?今この瞬間が何よりおかしい。貴様は一体何者だ、魔王では無いのか?魔王は一体どこに居る、もしや貴様、影武者か」

「この城には、儂しかおらん。いくらでも探すといい」

「ではどう言う事だというのだ、我が国の穀物は何故枯れた!貴様の魔術では無いのか!」

「もうあの国には、穀物を育てられるだけの土壌が無かった、ただそれだけの事よ。元々戦を嫌い、そして差し伸べられる手を払いのけ続けた国じゃ、いつ滅んでも何もおかしくはなかった。お前さんはあの国で戦を見た事があったか?伝え聞いた事も無かったのではないか?」

平和な国だと、母からはいつも聞かされた。
何者にも攻められず、何者にも攻め入る事のない国だと。
そんな王を賢王だと、心より尊敬していると、そう言っていた。

「……では病に伏せた人々は一体どうしてしまった。どんな治療も受け付けず、死に行く彼らを殺したのは貴様では無いのか」

「間違いなく、彼らを殺したのは儂じゃろうよ」

「ならば!俺にはお前を殺し、その首を持ち帰る義務がある」

「しかし、魔術でも魔法でも無い、残念ながらの。恐らく、風が新しい病魔を呼んだのじゃろう。国を閉じる、と言うのはそう言う事なのじゃ。古きを崇め奉り、新しきを拒むとは、知識を止める事他ならん」

「……そんな馬鹿な事があるか」

「馬鹿な事など、何も無いのじゃ。全ては自然の摂理じゃよ」

「では、この剣は!王から授かったこの聖剣を抜いたのはこの俺だ!この聖剣は選ばれた者にしか抜けぬ。私は貴様を、魔王を殺す為この剣に選ばれたのだぞ!」

「お前さんや、その剣を誰よりも先に抜いたであろう」

「あぁ、抜いたとも!私は選ばれた者だと信じたからだ!」

「だからじゃよ、その剣は、誰にでも抜ける、ただの剣じゃ。お前さんが剣に選ばれたのでは無い、お前さんが剣を選んだのじゃ」

絶句した。
その言葉で、全てを理解したが、それ以上に納得を拒んだのは自身の防衛本能他ならない。
分からぬままこの問答を続け、怒りに身を任せ魔王と言う皮を被ったこの老人の首とその下で二つに出来ていたら、俺はこんな想いをしなくて済んだのかと思うと、分かってしまった自分自身を殺したくて堪らない。

「……そう、か。あぁ……そうか」

「何も聞かずに儂の首を持ち帰った方が、幾分気分も良かったかもしれぬの」

「森の獣も、貴様が操っていた訳ではないのだな。それもそうか……誰しも家を荒らされれば怒る。獣達も森を荒らされれば怒るであろう。俺を襲った彼奴らも、本当にただの山賊だったか……」

「妄執、とは如何様にも世界を変容させてしまうのじゃ。しかしな、お前さんはよくぞここまで辿り着いた。紛れもなく立派な英雄ぞ。この儂が、認めてやろう」

滑稽だった、ひたすらに。
惨めだった、ひたすらに。
俺は概念にされたのだ、あの王に、あの国に。
しかもそれは泡沫の夢だ。
この老人の首を刎ねても、死した者は生き返らず、枯れた野花は蘇らず、この剣は何時でも何処に刺しても抜ける。
旅立つ俺を見て、民は心底安心しただろう。選ばれし者が、選ばれし道を歩む事はどの時代の物語にも語り継がれた英雄のそれだ。
そして、あの国にとって、あの王にとって、俺は何処かでのたれ死んでくれた方が余程都合が良いのだろう。
あの国の英雄譚にはこう綴られるのだ、我が国の栄誉ある英雄は魔王と激闘の末同士討ちに終わった、と。

「では、最期の質問だ」

「何でも答えよう、英雄よ」

「貴様は一体何者だ」

「あの国を、あの国たらしめた諸悪の根源じゃよ」

「……そうか、聞きたい事は、もう無い。最期に残す言葉はあるか」

魔王は息を大きく吸い込むと、今際の際を覚悟した獣のように吠えた。

「英雄よ、永遠であれ!」

「……ありがとう」

何でもない剣は、何でもないようにその首を刎ねた。この礼の言葉が届いているかはもう分からない。
こうして最も容易く、英雄譚における決戦は幕を下ろす。
俺は数瞬し、剣から血を振り払い

「そうだな」

と呟くとそれ以上は何も言わず、二度とこの手で剣を抜く事が出来ぬよう、自らの身中へ突き立てた。

 

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本日は豪華二本立て!

まぁ、この手のお話は本当によくあるお話ですね。

正義の味方

という概念がそもそも存在しなかったら、いつか救われるのではないかと希望を抱き死に行く人々も居なかったんでしょうかね。

今回も曲紹介になるんですけど

チーナさんの

「蛾と蝶とたこ焼きとたこ」

「いつも笑顔のヒーローが家で泣いてたらどうしよう」

と言う歌詞をずっと覚えて居て、事あるごとに思い出したりします。

かくあるべき、と烙印を押された人間は一人で泣くしか無いのだろうか、などと考えたりしますね。

以上です。 

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