御手洗はこちらです。

便所みたいなもんですね。

高速道路

『次のリクエスト曲は、フラワーカンパニーズで深夜高速です。どうぞ』

時速100キロで走るトラックは、激しい豪雨の音にかき消されまいとエンジンを唸らせる。
ラジオから流れるその曲は、何年振りだろう、若い頃によく聞いた曲を流している。

「青春ごっこを今も続けながら旅の途中……」

ふと口ずさむ歌に、まだ歌えたんだな、と自分自身に驚いた。
酷い雨の中、ワイパーの水切りは最早焼け石に水で、どっちが水でどっちが焼け石になるのかもわからない。
周りはトラックばかりで、右の車線を走る車は次々に僕を追い抜いていく。

「壊れたいわけじゃないし、壊したいものもない。だからと言って全てに満足してるわけがない……」

余りにも散々なその曲は今の僕に良く似ていて、走馬灯の様に左右を時速100キロで視界の端から端を通り過ぎる照明灯を眺めては、その曲のタイトルと内容の意味をなんとなく、本当になんとなくだが、理解が出来たような気になった。

「生きてて良かった、生きてて良かった、生きてて良かった。そんな夜はどこだ」

あぁ、僕は誰かの言葉を借りなければ、自身を証明することすらままならないのか。
歌いながら、あの頃ではとても思いつきもしなかった事を、少しだけ胸の痛みに耐えながら考える。
今なら、虎の威を借る狐の気持ちが少しだけわかるかもしれないなんて、その言葉すら誰かの借り物なのに、僕は一度も僕を羽織る事が出来なかった現実を突きつけられたような気がした。
本当に、酷い雨だ。

「マズイな」

豪雨と共に雷まで瞬き始めてしまった。
遠くの空は深夜だと言うのに、もう寿命間近の蛍光灯のようにパチリパチリと光を不定に放つ。
音が届かないのが幸いか。
流石にこれ以上の走行は身の危険を感じ、すぐさま直近の小さなサービスエリアで腰を落ち着かせる事にした。

『如何でしたでしょうか。フラワーカンパニーズで、深夜高速。良い曲ですね、本当に」

ラジオのパーソナリティは、僕の認識から遠い感想を述べる。
この曲を良い、悪いで聞いた事がなかったからだ。
僕はこの曲が好きでも、嫌いでもなかった。
だが、胸の奥深くに眠る生への沸々と煮えたぎる、憎悪とも似た何かを呼び覚ます曲として、聞いていた。
僕は、怖いのだ。
いや、それは決して豪雨の中で危険物を載せたトラックを運転する事でも、後ろから早く行けと急く同業のトラックに煽られながら運転する事でも、それこそ、こんな雷に撃たれてしまう事でもない。
僕は、あと何回こうしてハンドルを握る日々を続けるのか、ただただ、それだけが怖かった。
若い頃の僕は、金さえあれば強くなれる気がしていた。しかし、金は僕に、金で買えるものしかくれなかった。
当たり前だった、そんな当たり前の事に気付いた時には、何もかもが手遅れだった。
恋人はもちろん、友人と呼べる人間すらいない。
職場での関係は、職場と言う場所がなければ成り立たない希薄な物で、何より最悪なのは、自分だけはこいつらとは違うんだと言う醜悪な妄想他ならない。
僕は、この人生で何も得ることは出来なかった。
鍵がないならまだいい。
もうすでに、僕の人生には開けるべき扉も残ってなどいなかったのだ。
暗闇のトンネルの中を、ただ手探りであるはずも無い出口を探し続けている。

『僕はねぇ、この曲の生きてて良かった、そんな夜を探してるって歌詞が大っ好きなんですよねぇ。皆さんはどうでしょう、生きてて良かったですか?』

もう、そんな事もわからない。
考えたく無い、だけかもしれない。

『生きてて良かったー!って人は素晴らしい!どうかその気持ちを忘れないでください。でも、そんな人ばかりじゃ無いですよね』

分かった風に言うそのラジオの声に苛立ちを覚える事が出来たなら、僕はまだやり直せただろうか。

『そんなラジオの前の皆さん、今からでも遅く無い!探しに行きましょう、このラジオは深夜3時までお付き合い出来ますよ。是非このラジオを聴きながら、ドライブ行っちゃって見ませんか?それでは次の曲に行きましょう』

最近はやりの曲なのだろうか。愛を語る歌詞に軽快なメロディーが流れる。
その歌詞は特に共感が出来るものでも無く、ましてや殆ど経験したことの無い事なのだ、遠いお話どころかもはや都市伝説めいている。
そろそろ、雨脚も弱まってきた。
目的地まではあと114キロほど、時間にすると1時間30分前後と言った所か。
そうだな、残りの道を走りながら、そんな夜を探してみても、いいのかもしれないな。
こんな仕事、放り出して海にでも行こうか。
あぁ、なんだよ。
あんなしょうもないラジオで少しだけ、本当に少しだけだが、勇気なんて言ったらいいのか、出てしまった。
僕はエンジンをかけ、サービスエリアを出ると一気に右車線に躍り出た。


その道は次の日の正午ごろまで通行止めとなる大事故が起きた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

フラワーカンパニーズの「深夜高速」

名曲中の名曲、だと思っています。

学生時代、この曲を聞いて踏ん張った思い出がたくさんあります。

あぁ、畜生め、そんな夜を探し出すまでは生きてやる、みたいなね。

ですが、年々そんな思いも少しづつ少しづつ小さくなっている事も、実感しています。

くだらない思春期の悩みだと、笑って頂いて結構なんですが、あんまり上手くはいかんもんですね、人生。

特に何かあったわけでも無いんですけど、いや、もう何日も

特に何もない日

を繰り返したらこうなったと言った感じなんですかね。

ですが、まだこうして文字に起こしているので、まだ諦めて無いんだと思います。

僕は僕を。

以上です。